このページでは紫外線防止効果試験(SPF試験)のためのISO24444について、特に難解な部分を解説しています。実験者向けのオペレーションマニュアルはこちらをご参照ください。
ISOのダウンロードは有料であり、このサイトで解説しているコンテンツは無料で閲覧可能な部分のみにまります。ダウンロードはこちらの日本規格協会Webサイトより英語版で4万円程度、日本語訳は6万円程度で入手可能です。ISOの2~3割程度は公開されています。
目次
ISO頻出用語の解説
ISOの公開されている部分に用語解説があります。頻繁にISOで参照されている概念を以下列挙します。
erythemal,erythema:紅斑。日焼けなどによって皮膚が赤くなる状態を示す医学的用語。
Eer(erythemal effective irradiance):肌に紅斑を生じる効果のある紫外線の放射照度。単位はW/m2(1平方メートルあたりのワット数)。
・Eersp:分光放射計(spectroradiometer)で測定した放射照度
・Eer r:紫外線強度計(radiometer)で測定した放射照度
・Y:Eersp ÷ Eerr で得られる値。校正係数(calibration factor)。分光法放射計での測定は都度実施せず(後述の通り12ヶ月毎)、紫外線強度計の測定値からこの係数を用いて計算する。
Her(erythemal effective radiant expodure):肌に紅斑を生じる紫外線のエネルギー量。単位はJ/m2(1平方メートルあたりのジュール数。1calは約4.2Jでありカロリーと相互変換できるエネルギーの単位)
MED(minimal erythemal dose):ISOの基準に則って翌日に紅斑を生じる最小のエネルギー量。
・MEDu:日焼け止めを塗布していない(unprotected)際のMED
・MEDiu:個々の(indivisual)日焼け止めを塗布していない際のMED
・MEDp:日焼け止めを塗布している(protected)際のMED
・MEDip:同上
ITA°(indivisual typology angle):後述の色差計の値より計算して求められる肌の白さの尺度
測定装置の準備:規格、入手方法や金額等
SPF試験には、以下のような機器が必要になります。またISOには機器毎の細かな規定が記されています。以下のリストには簡単な要件も記載しました。
- 色差計:口径8mm以上、6500Kの色温度測定
- キセノン光源:ISOの詳細な要件
- 分光放射計:波長290~400nmを1nmの分解能で測定
- 日射計:波長280~1600nmをW/m2の単位で測定
- 精密天秤:0.1mgの精度
色差計
ISOの規定では、口径が最低8mm、6500Kの色温度で測定することと定めされています。また色をL, a, bの値で出力する必要があります。これらの条件を満たす機器を楽天市場で検索しますと、10万円未満の機器は稀で平均30万円程度になりますが、Amazonや特にAliExpressで検索すると1~5万円程度でも多くの機器がヒットします。L, a, bの値を装置本体で表示されるものがやや価格が高く、安価なものはスマートフォンとBluetooth接続するものなどがあり、ですが測定装置の性能としては高額な装置と大きく変わりません。
キセノン光源
ISOでは光源の性能が非常に細かく規定されています。10nm程度でも波長の範囲が規定より広くなった場合は(特に紫外方向に偏った場合は)条件を満たさなくなってしまいます。いくつかの光源で検討した結果、ISOが推奨している通りにキセノン光源一択と考えて良いです。
ISO準拠を謳っている装置は500~1000万円する装置が多いです。大変苦労しますが、100万円程度の装置でフィルター等を駆使することで、ISOの基準を満たすことが可能です。
分校放射計
光源の性能を測定する装置として分校放射計が必要です。上記の通り厳密ですので、測定装置にも厳密さが求められます。ISOには1nmの分解能が必要と書かれています。随時の確認を求められていないこと(12ヶ月毎、もしくは2500時間の使用毎)、また装置が数十万~百数十万であることが多く、当研究グループでは福岡工業技術センターの装置をお借りして測定をしています。
1時間の利用単価が千数百円なのですが、装置の購入金額からゼロを4つ消した金額が時間単価の目安とのことで、1,000万円以上の装置と推察されます。
日射計
ISOでは”broad spectrum sensor” と表現されている装置で、直訳すると広域スペクトルセンサーになります。波長280~1600nmの広域な範囲を測定できる必要があります。測定するのは放射強度であり、その出力される単位はW/m2になります。一般的なスペクトルセンサーは波長400~700nm程度の可視光線を対象にしていることが多く、200nm程度からの紫外線を測定可能である装置、~1100nmくらいまでの赤外線を測定可能である装置もありますが、全てを満たす装置が稀です。
ISOの条件を満たす一般的に購入できる装置として日射計がありました。農業や太陽光パネル設置などに利用されるようです。200~2000nmの範囲を測定できることが多く、センサー単体で5~10万円、測定装置として使いやすい製品は10~50万円程度で購入できます。これは楽天市場でも10万円程度から購入が可能です。
精密天秤
一般的な研究室には既に設置されていることが多いですが、ISOでは0.1mg(0.0001g)単位まで測定できることが求められています。研究室から代理店経由で購入すると、十数万円~数十万円することも多い機器ですが、AmazonやAliExpress経由で購入すると5万円前後から購入することが可能です。
測定準備:消耗品や装置の確認等
装置を揃えるだけでは実験が始められず、必要な消耗品や機器のチェックなどが必要です。
標準品
マニュアルに記載している通り、SPF測定にはP2、P5、P8という3つの標準品を使います。SPF50以上を目指される場合が多く、その際はすべての標準品が必要です。10名の被験者と想定すると、全員にP2の塗布、半々にP5もしくはP8の塗布ということになります。、測定するサンプルのうち、2つが標準品ということになります。
光束の確認
光の照射が均一であることを確認します。直径が13mm以上と未満では方法が異なりますが、本研究グループで実施している光源(直径8mm)での場合を解説します。
1ヶ月単位で確認が必要と書かれているので、プロジェクト毎に確認を実施します。紫外線で感光する紙を用いて、その色の変化を数値化します。ISOでは600dpi、256階調のグレースケールで測定することが求められていますが、一般的なスキャナであれば問題ないことが多いです。
それぞれの値を数値化し、90%以上の均一性であること確認します。具体的な数値は以下の通りです。
均一性 = (1 – (最大値 – 最小値))÷ 平均値
スキャンをした各ドットの数値化された階調を確認し、平均値が100であった場合、最大値と最小値の差が10まで許容されるといったことになります。
肌色の測定とITA°の算出
色差計で肌の色を測定します。前述の通り、日焼けをしていない一般的な肌の色をしている日本人であれば被験者として参加して頂くことは可能ですが、サンプルの塗布の前に範囲内に収まっているかを確認してください。既に数式が入っているExcelファイルに色差計の数値を入力すれば良いですが、以下の計算式で「ITA°」という値が算出されます。
ITA°=((ATAN(L-50)/b))*180/PI()
上記のLとbについては、色差計が計測した数値を入力してください。関数ATAN()は逆タンゼント、PI()は円周率を意味します。感覚としては、光の三原色を曲面上に線形でプロットするイメージです。この値が28未満の方は、その時点で測定をお断りすることになります。また、被験者さんのITAの平均値が41~55の範囲にあり、55以上の方が3名以上含まれるよう細かくISOに規定されています。
簡単に言えば、色白の方を含めつつ、極端に偏らないよう募集する必要があります。
紫外線の照射
実際に日焼け止めを塗ってもらって数時間も屋外に立ってもらう訳にはいきません。常に太陽光がある訳でなく、その強さも増減をします。何より熱中症になってしまいそうです。そのため、紫外線の強い光源を使って短時間で実施できるようにします。
当研究グループの照射装置の1つは、紫外線強度は概ね一定で6mW/cm2(60W/m2)程度の測定値でした。計算値としては10秒未満でも肌が赤くなる光線になります。実際は人によって誤差があり、10~15秒程度で紅斑が出ることが多いです。
塗布をしていない際の照射時間
なるべく正確に数値を求められるよう、ISOでは5つ以上の照射時間を設けるべきとされています。10~15秒程度ということでしたら、8、10、12、14、16秒といった具合です。照射時間は肌の色(ITA°)から推定値を算出して決めるようにとも書かれています。推定値(中点MEDuとISOでは記載されています)は複雑な計算があるのですが、ISOではITA°に応じて数段階にエネルギー値の参考値を記載してくれています。
ISOではさらに細かく規定されていて、このように2秒毎と差を一定にするのではなく、比を一定にすること、さらにその比は1.12, 1.15, 1.2, 1.25などが例として示されています。12秒を基準値として1.2を比とする場合は、8、10、12、14、17秒になります。1秒未満を測定することは難しいからかISOでは整数値にできると書かれています。これは、被験者さんの特性や時期(季節)も考慮して随時変更となります。
塗布をした際の照射時間
上記の無塗布の照射で12秒で紅斑が出る(10秒では出ない)場合は、その12秒を基準値とします。その場合、1分保持するとSPF5、5分保持するとSPF25、10分保持するとSPF50になることが分かります。塗布する際の照射時間も、予備実験や製品設計から予想値を出します。塗布していない際、塗布した際を別日に実施することができない(同日に実施することがISOに定められている)ので、10分の保持がSPF50になることもあれば、それ以上、もしくは以下の数値をとることになります。
塗布をした際の時間比は上記よりタイトに定められており、SPF25以上では1.15以内とされています。SPF30を目的とした試験の場合、推定時間は6分ですので、1.1を比とする場合、約5分、5分30秒、6分、6分40秒、7分15秒程度といった具合になります。
これは予想されるSPF値によっても変わるので、都度、算出が必要です。
SPF値の計算
ISOには、紅斑が検出された際のエネルギーをJ/m2の値に換算して計算するように定められています。十数名の平均値を求めて、小数点第一位までを切り捨てて最終的なSPF値となります。
統計解析などは必要ないですが、「95%信頼区間が平均値の±17%範囲に入っていなければならない」とISOに書かれており、多少の統計知識とExcelでの確認が必要です。平均値 ± t値×SE(標準誤差)が95%信頼区間になります。SEは標準誤差を例数の平方根で割った値です。つまり、以下の値が0.17未満であることを確認すれば大丈夫です。この範囲に収まらなければ、例数(人数)を追加する必要があります。
=TINV(0.05,(人数-1)) × stdev(入力値の範囲) / sqrt(人数) / average(入力値の範囲)
信頼区間の理解は、こちらのページに詳細を解説しています。95%信頼区間を簡単に言えば、100回測定した中で95回がこの数値の範囲に入るといった具合です。
標準偏差を平均値で割った値は変動係数(CV)と呼ばれています。つまり、この値はCVを人数の平方根(9人であれば3、16人であれば4)で割った値でもあります。人数が増えるほど小さな値になり、十分な例数が多ければ良いこと分かります。一般的にCVが1以上はバラツキが多いと判断されており、0.17は無理のない順当な数字と言えそうです(根拠が書かれておらず調べても該当がなく経験則だと思われます)。
報告書の体裁
基本的にテンプレートに則って、詳細は意識せずに測定値を主に記載すれば報告書が完結します。私共が普段実施している実験よりも測定項目や解析が極端に少なく、その部分は難易度が低いです。ですが、研究レビュー以上にISOが様式を細かく規定しており、抜けがないかを確認することが大変です。以下、私共が普段報告書に含めない項目であり、留意とダブルチェックが必要です。
- サンプルの推定SPF値
- 塗布の方法、サンプルの準備方法
- 許容限界
- 95%信頼区間
- 試験担当者
- ITA値
- 照射強度と時間から計算されるエネルギー値(J/m2)
- 各被験者のSPF値、紫外線照射日
当研究グループで実施している通常の常識に照らして以下のことは問題なく記載することと思いますが、ISOの基準を満たすためにも、確認のために以下列挙します。
- 実施施設
- ISO24444に準拠した旨の記述
- ヘルシンキ宣言、同意取得
- サンプルの名称
- 照射時間、その根拠(1.2倍等の比で時間を増やしていることも)
- 試験日
- 紫外線照射装置に関する記述
- 脱落例とその理由
- 照射時間(測定値)
- 平均値と標準偏差
- 統計的妥当性
ISOの総評と今後の予想
ISO24444は非常に細かく条件など規定されていますが、以下の通りに条件が緩い部分も少なくありません。
- 男女比の記載がない:現在は全員男性、女性でも可能
- 年齢に対する自由度が高い:現在は全員大学生、もしくは高齢者でも可能
- 被験者さんへの心理的配慮が書かれていない:痛みを除くくらいの記載
- 室温の許容幅が多い:24 ± 1℃もしくは23 ± 2℃にすべき?
- 目視での確認が許容されている:画像解析や閾値の明確化が求められる?
- 測定の精度が厳密ではない:より低いCV(変動係数)が求められる?
- 倫理委員会やヘルシンキ宣言の記載が不要:将来的にはUMINも必要?
2019年に改定があったので、5年後を過ぎた2024年以降には、より厳格な改定になる可能性もあります。その際にもISOの基準が満たせるよう、可能な限り高い基準で実施できる体制を整えたいと考えております。